「和歌山県立近代美術館」 黒川紀章
黒川紀章設計の和歌山県立近代美術館(1994竣工)についての備忘録。
竣工時にはバブルは終わっているが所謂「バブル建築」と言われるもので、黒川紀章のポストモダニズム的意匠が非常に印象的な建築物。
和歌山の建築物で唯一「公共建築百選」に選ばれている建築物でもある。
和歌山城の天守閣と道を挟んで向かい合う形で建てられており、和歌山城側に突き出したキャンチレバーの屋根が非常に特徴的。
このメインのキャンチレバー以外にも屋根は幾つも、2層に重なりあって突き出しており非常に印象的。
正面から見ると右手が階段になっており、左手は坂になっているのだかこの坂は数年前までは水が流れていたらしく、水道代の節約等で止められているらしい。僕は個人的な感覚として「こういったものこそケチるべきではない」と考えているので非常に残念。これだけ幅のある坂に水が流れているだけでそこに豊かな市民の場が生まれるだろうに。
しかし、水が流れていないながらも展覧会などを見に来た訳では無い地元の住民(老人や子供)がキャンチ屋根の下で涼んだり会話をしていたので、公共建築としてのこの場所の価値が保たれていることに感動した。
1階ホール
一階ホール窓下部。内側にもキャンチ。
ソファスペースからトイレに行く間の吹き抜け。入ってくる薄ぼんやりとした光が心地よい
入口からそのまま階段などを経由せずに展覧会に入っていける
展覧会入口側からホールを見る。
ここが一番素晴らしかった。要素としてはなんてことはない「ホール部分が広く非常にゆったりとくつろげるようになっている」というだけなのだがこれが非常に強烈な体験で、個人的な話だが大学の次の課題が美術館なので「公共建築としての美術館としての価値」をずっと考えていたのだけど、ホールを広く取りそこにアーティストのオブジェや名作椅子や過去の展覧会の図録などを置くことで無料で市民が手軽に(クーラーの効いた心地よい空間で)ゆったりと芸術に触れることができる。という事の重要性を強く感じた。
メインの企画展も1階のホールから受付の横を通りスっと展示室に入れるようになっており、企画展が1階ホールなのはわりと珍しいような気がした。
2階ホール
受付の向かいに2階に上がる階段がある。
キャンチのあの屋根の根元。
左手の本棚はカフェのインテリア。
階段踊り場から天井のキャンチ根元部を見る。
2階にはカフェがある以外はそこまで特徴的な部分はないが、この美術館の最大の特徴であろう長いキャンチの根元部が2階ホールの天井部にある。隠さずにこれを大胆に外から内側にまで展開させているのは(勿論構造的理由も大きいだろうが)面白い。これがどこまで続いているのかは分からないが、吊ってもたせているのかキャンチを反対側にもこのまま長く取ってもたせているのか予想がつかない。
他に言うとすれば、階段の幅の広さはこの美術館という空間をすごく豊かに見せると思う。この階段を歩いているとまるで自身が貴族になったかのような穏やかで満たされた気持ちになる。手摺の緩やかに半月型の曲線を描くデザインも石材の冷たい質感も素晴らしい。
これは外部空間もだが、近代美術館の手摺が全てぐねぐねになっているのはデザイン的には良いが実際使うとすごく不便だと思うので公共建築にしてはわりとリスキーなことをするなと感心する。
展示空間
展示空間に関しては特に特筆すべき様な点は無いが、所謂廊下的な展示空間ではなくホール的空間なので後でそこをパーテーション等で自由に区切りやすく展示の自由度は高いと感じた。
しかし実際に構造に根ざした壁に絵画などを置くことの意味性も少しはあると思うので、やはり汎用性を高くするか強度の強い空間に固定するかは選択だなと思う。
やはり基本的には常設展は強度を強くして企画展は振れ幅を広く設定できるようにするのが定石か。
地下・駐車場・トイレ
奥がトイレとなっている。ここを右に進むと地下駐車場。
地下の下窓から見える椅子かソファー?のオブジェ
吹き抜けになっており1階部の庭から見ることが出来る。先に見ていた不思議な空間が後に空間的に繋がりが分かると、物語の伏線が回収されたような気になって心地よい。
キャンチの下には階段が着いており、ここから美術館を介さずに直接カフェに行くことが出来る。が、ほとんど使う人はいない。この階段が外部からは見えにくくなっているのもデザインの妙だなと感じる。
地下駐車場。近代美術館に限らず、駐車場の柱の並びなどを美しく感じることがわりと多く、真剣に駐車場について考える機会を設けたいなと最近考えている。
トイレの洗面台がシンプルながらかなりカッコ良い。すりガラスにはめ込んでいる形初めて見た気がする。
近代博物館
近代美術館の入口前広場
近代美術館入口から博物館方向を見る。
近代美術館に併設されている近代博物館。実際は地下と屋根で繋がっており博物館と美術館でひとつの建物、ということになっているらしい。しかし外観を見た感じだと完全に別の建物だと思う。黒川紀章も絶対別って考えてるでしょ。
近代美術館の入口前の屋根部からそのまま屋根の下を移動して博物館に入ることが出来、雨の日などもこのふたつの建物間の移動は非常に楽。
外観は近代美術館に較べて非常に大人しく見えるが、それは敷地に対して内側のみで外側を見ると
このように小さなキャンチが幾つも突き出しており、敷地の外から見た時に博物館と美術館に非常に強い連続性を持たせようとしている事が分かる。
手前の青が近代美術館、奥の白が近代博物館。
これは美術館の裏側(搬入・駐車場入口側)なので所謂「顔」の部分ではないが非常に見られることを意識してキャンチによって纏まりを持たせている。
裏側下から近代美術館・博物館を見る
近代美術館から繋がっている上空の橋が建物内部にまで展開している。
内観。博物館は近代美術館に対して面積がかなり小さく、ホールも最大限に広くとっているがどうしてもミュージアムショップなども含めて空間が狭く感じる。見た時にちょうど親子で家族が来ておりホールで涼んでいた。美術館に比べ博物館の方が静寂を求められる感覚が低いからかもしれない。
その他
近代美術館の簡易図面。敷地外部に対してギリギリまで面を取って美術館と博物館を揃えて見せていることが図面からも伺える。
和歌山城と近代美術館の間の道路に並ぶ街灯。
この街灯がズラっとこの道には並んでいるが、これは黒川紀章が美術館の設計時に同時に設計したもの。
公共建築を県の重要な意味を持つ場所に設計しよう、という時にこういった周りの環境に対する黒川紀章の姿勢は非常に尊敬する。
デザインも近代美術館に連なる大小のキャンチを想起させつつ城と喧嘩をしない均整のとれたデザインで非常に好ましい。デザインはそのままにこれは2代目で、初代の黒川紀章デザインの街灯は老朽化によってすげ替えられている。そのうちの一つは近代美術館の職員の要請によって美術館内に保管されているらしい。グッド。
地元の建築をこうして建築科に入ってから改めてきちんと見ると感動する点が多く非常に面白かった。文中では飛び出した屋根のことを全て「キャンチ」と表現しているが、キャンチというよりも特殊な「庇(ひさし)」の方が適切かもしれないです。